例えば介護職は、辛そうにリハビリをやっている高齢者に「頑張りましょうね」と声をかけることがあります。声をかけた本人としては何気ない励ましのつもりかもしれませんが、利用者にとっては、このような何気ない言葉が重たくのしかかるケースがあります。ナイチンゲールが書いた看護の教科書でも、「患者を無意味に励ますな。病人に向かって根拠もなく大丈夫だと言ってはいけない。」と諭しています。言われる側からすれば、むやみな励ましはかえって毒なのです。
「頑張る」という言葉は「我を張る」から来ています。我を張ること自体は、悪いことではないでしょう。ここ一番という勝負どころでは、身体を張ってこそ乗り越えられる局面もあります。そういった状況の人に「頑張れ」と励ますのは自然なことでしょう。けれども、何十年も生きてきたお年寄りは、おそらく何度となく必死で頑張ってきたはずです。そんな人たちの中には、介護する側の人間から「頑張れ」などと言われたくないという人もいるのです。
介護の専門書では、ADLやQOLなどという専門用語がまことしやかに出てきます。それらを向上させるために頑張るべき、という論法で話が進むのです。しかし、そんな専門用語のために人間がいるわけではありません。お年寄りの介護を考える目安として、そうした言葉を誰かが発明しただけでしょう。介護職は言葉遣いに苦労しますが、例えばリハビリを終えた後なら「お疲れさまでした」でいいのです。あるいは、「随分できましたね」と成果を確認するのも良いでしょう。相手の自尊心を傷つけないような言葉を選ぶことが大切です。